63.
第二話 麻雀の申し子
「……ツモ」
三四赤伍六六23(西西西)(中中中)1ツモ
「1000.2000」
最後の局。手を開けたのはユウだった。感動で震えながら倒牌する。
「記念すべき第1回UUCコーヒー杯優勝は一般参加の佐藤ユウさん! おめでとうございます!!」
優勝はユウ
準優勝は富士山
3位は杜若
4位は猿山という結果で大会は終了した。
「実力派プロを差し置いて10代美少女の優勝! 参加者の中でも最年少の優勝だ! これは話題になるぞ!」と湧いている人達もいれば「猿山プロお疲れ様でした」「富士山プロおしかったのに!」「杜若プロあと一歩でしたね!」とプロ達に駆け寄る人達もいた。
(夢みたい、私が優勝なんて。いや、これからだった。夢実現のための第一歩がいま達成されたんだ)
『勝利者インタビューしていいですか? 何かあればひとことでいいので』
ユウはマイクを受け取って、少し話すことを考えた。
『あのっ! あのっ! 私。大会とか、身内でやったことしかなくて…… 雀荘に来たのもこの大会の予選が初めてだったし…… でも、練習は毎日してて! ほんとに麻雀好きなんで…… この面白いゲームを1人でも多くの人に共有してもらいたいなって思ってて、いつか麻雀を教える人になりたいんです。そのために、資格とかより説得力ある実績が欲しいなと思って参加したので最高の成果を出せたこと、とても嬉しいです……! 次回も参加して連覇を狙います。ありがとうございました!』
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
64.第三話 プロリーグ前日《カオリ、どうしましょう》(なにが?) 赤伍萬の付喪神【woman】は財前カオリに憑いて今ネット麻雀をやっていた。親番中でドラは北woman手牌 切り番二三赤伍六七八九⑦⑧⑨23北北《私、自分を捨てることになりそうです》(何で? 八九を落とせばいいじゃん!)《それだとチャンタやイッツーがなくなって鳴きが出来ないから…… 無しです》(なら23落とせば?)《ダメです。それだと四しか安心してチー出来ないので、受けもあまり良くないですし》(じゃあどうすんの?)《この手の正着打は六萬切りでしょうね》(六萬か……)《これが唯一のムダなし手順です。チャンタ狙いなので一と1どちらからでも鳴いてテンパイに不安はない受けが残りますし安め引きでもリーチで親満は確定します。それに……》(分かった、六ね) 切り番にのんびり考える人はいない、womanの話をろくに聞きもせず打六とするカオリ。《あっ、あっ、私が。私が出ていっちゃいますうう》(うるさいなあ、六切りってwomanが言ったんじゃない。違うの?)《違わないです。他の手順には必ず浮き牌が出ますが六切りだけは浮き牌ゼロの構えです。ここを切る時だけ全体で打ててます。他の手順に存在しない強味。それは次切る牌が決定していない手順であるということ。これこそが最も強い攻めの一打であると言えます》次巡ツモ四(赤伍切らずに済んだ! ある種の理想的テンパイね!)《良かった~》『リーチ』数巡後……
65.第四話 潰し合うつもりで「いーい? 私たち今日は当たらないけど、今後もし当たったらリーチ後の見逃しは絶対にしないこと。どんなに戦略性があってもよ。どうしても見逃したい局面は役を作ってダマにするの。分かった?」「わかりました~」「ミサトはマジメねえ」 ミサトの提案で麻雀部の3人は見逃しをかけない。助け合わない。お互いを潰し合うつもりでやる。そんなルールを設けることになった。 かつて、師弟関係にある雀士が師匠から出た当たり牌を見逃して麻雀界から熱気が急激になくなった八百長だと言われる事件があった。それが戦略性があろうと無かろうと、そこは問題ではないのだ。胡散臭いと思われた時点で終わりなのである。 この時のミサトの提案があったから、のちにどんなに3人が仲良くしていてもこの3人は友達同士でズルをしたりは絶対してないという信頼を得ることが出来るようになる。 他人からどう見えるか、どんな疑いがかかるか、それらを予測するのも読みの一部であると言える。その程度も分からずに師匠からの当たり牌を見逃しなどしてると大騒ぎになるという例も歴史が証明している。麻雀ファンを失望させない打ち手であること。それもプロ雀士の条件だとミサトは思っているので、外見は美しく、言葉はきれいに、姿勢は正しく、麻雀はテンポよく正確に、もちろん、ズルなんか絶対しない! を心掛けて新世代のニューヒーローとなることを目指していた。そこには、好敵手の財前カオリや財前マナミのほか女流リーグ覇者の白山シオリという強烈な敵もいたがミサトは総合的に見て自分だって負けてないと思っていた。あとは麻雀で勝つだけ。と。 対局開始まであと3分。ミサトは水を飲んで気持ちを落ち着かせた。緊張してるのを感じていたのでトイレで鏡を見て(強張るな。リラックス、リラックス)と暗示した。パンッ!! リラックスの暗示を自分にかけるかのようにミサトは手を叩いた。(私は大丈夫。私は強い)
66.第伍話 本気だけを出す場所 マナミはよく知った顔と同卓だった。マナミ達のアルバイトしている雀荘『ひよこ』で平日の昼間だけ働いている成田メグミプロが同卓だったのである。「マナミちゃん。シャキッとした服装も似合うわねえ」「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」「お手柔らかにねえ。まあ、私は本気出すけど」「私も本気でやるしか能がないので。本気でやらせてもらいます」 すると成田メグミはハハハ! と笑った。屈託ない笑顔に眼光だけ鋭く光らせて。「いいわよ。お手柔らかになんて、そんなことするわけないし。プロリーグは本気だけを出す場所だものね」と言う。なんてことない会話ではあったが、この時の成田の雰囲気にマナミはゾッとした。(本気だ) いつもニコニコしてお客さんに『メグちゃん』と愛称で呼ばれて愛されている成田の勝負師の顔を初めて見た。(今更だけど、やっぱりメグミさんはプロなんだ。こんな顔を見せるなんて) 気圧されそうになる心を奮い立たせてマナミは勝利宣言をかますことにした。やる事が大胆なのはマナミの良さである。(ヨシッ!)「私はデビュー戦を必ず勝利で飾ります。今日の私と当たったのは不運でしたね」「ふっ、生意気ね。プロの厳しさを知ることになる最悪なデビュー戦にしてあげるわよ」「勝負!」──────「まいった」 負けたのは成田の方だった。「マナミちゃん。いや、財前真実プロ。あなたはこんな階級にいる女じゃないようね。さっさと昇級して上位リーガーになりなさい」「メグミさんも強かったです。何度も危ない場面があった。今日の私はちょっと勘が良かった。それだけです」「それが、重要なんじゃない。あーあ、私
67.第六話 メンタルコントロール「ロン」二三四②②②③④22344 3ロン「8000」 カオリのリーグ戦はダマ満貫を放銃する所から始まった。(あちゃー。でもこんなの分かんないし。始まりのマンガン失点くらいはなんて事ないわ。こういう持ち点で始まるゲームだと思えば) カオリはマイナスになってもそれが最初の設定点数だと思い込むことで気持ちを落ち着かせるという術を持っていた。 つまり、今回の場合はスタートから17000点持ちのゲームだと思い込むということ。そこからどうやってトップをとるか。元からそういうルールの遊びだと思えば今の放銃もなんら痛くない。 もちろんそれにより勝利条件が軽くなるなんてことはないのだが、気持ちに焦りがなくなれば自滅する可能性も減るというものだ。 勝負事でよくある敗因の最たるものは『自滅』であり、それを抑える効果があるとすればこのメンタルコントロールを狙った思考法は重要な考え方のひとつであると言えるだろう。 このような、気持ちを軽くする方法は全て佐藤スグルに教えてもらった。現役選手はやはり戦術本では学べない一味違うことを教えてくれる。 その後、カオリは見事に冷静な仕掛けや落ち着き払った降りを見せる。ラス目とは思えないほどのクールさで正確無比な麻雀をした。 落ち着いた状態で迎えた南場の親番。トップ目にドラポンを仕掛けられるも、ここだけはグイグイ押してアガリに行く。そして――「ツモ」カオリ手牌①①①②②⑥⑥⑥南南(東東東) 南ツモ「8000オール」 役役ホンイツトイトイ三暗刻炸裂! 終始落ち着いて打てたカオリはまるで当然
68.第七話 試される時 財前姉妹が暫定1位2位という衝撃的なデビューを飾っている時、井川ミサトだけが絶不調だった。なんと、ミサトはラスラスラスと3連ラスを引いて身も心も打ちのめされていたのだ。 しかし、そんな時だからこそプレイヤーの真価が問われる。この今日の最終戦でどんな麻雀が打てるか。 3回ラスになろうとリーグ戦は始まったばかり、5節あるうちの1節目なので20回戦のうちのほんの3回に過ぎない。ここは気持ちを切り替えて行くのが正解だが、初めてのリーグ戦でラスしか取れない状態から復活できるか。不調を抜け出せるか。マイナスイメージを持たないで戦えるのか。まだ学生のミサトにそんな精神力があるのか。 いま、ミサトの器が試される。 ひとつだけ幸運だったことがあるとすればミサトの卓も5人打ちなので三回戦終了後に一旦抜け番だということ。この抜け番でどこまで気力を持ち直せるか。(くそぅ、大好きな麻雀が…… いま、こんなにつらい。分かってる。楽しいばかりじゃないって。いま、私は、試されている……!)(まさか、あのミサトが3ラス食らうなんてね)(ミサトならきっと持ち直すわよ) と、マナミとカオリは先に対局を終えて遠くから観戦していた。(がんばれ!)(がんばれミサト!) ミサトの卓の五回戦。まだミサトにチャンスは来ていなかった。苦戦が続くミサト。ミサト手牌 切り番一一四六八⑤⑧⑨455白白中 ドラ⑤ ミサトはここから⑧を切った。ピンズはドラを活用した面子をひとつ持てばいい。それより役牌の重なりで打点を作る手順だ。すると中が重なる。打⑨(中切らなくて良かったわね)(これでもだいぶ
69.第八話 伝説の姉妹「はい、全卓終了しましたので新人は牌掃除をして他の選手は速やかに退場して下さい。お疲れ様でした!」 全ての卓が対局を終えたら新人は牌をおしぼりと乾いたタオルで磨いてキレイにしてから会場を出る決まりだ。仕事でいつもやっているカオリとマナミは素早いがミサトは初めての事なのでカオリに教えてもらいながらやるが、中々うまく牌が持ち上がらない。それもそのはず、全自動麻雀卓は牌の中に鉄板が入っていてそれを卓が磁石で持ち上げて積んでいく仕組みだが、プロリーグは対局前に牌チェックという作業を行い少しでも亀裂や落ちない汚れ、欠けてる角などを発見したら即交換するので牌の中にある鉄板の帯びた磁力がマチマチ。持ち上げようとしてもカチッと揃いにくいのだ。「これは、ミサトじゃムリかもね。私達でやるからミサトはその辺でメグミさんと待ってて」「わかった」 カオリは手先が器用なので扱いにくいリーグ戦の牌もチャチャッとキレイにして2卓分清掃した。「はやーい」とマナミも驚く。「じゃあ行きましょうか」と成田メグミが先導する。新人3人にゴハンを奢ってくれるらしい。 3人は初めてのリーグ戦を終えて自分はついにプロ雀士になったんだ。という実感をしていた。それは、カオリにはひとつの夢だった。(夢って叶うんだなあ)そう思っていたらさっき牌掃除をした時から現れていたwomanが《何を言ってるんですか》と思考に入り込んできた。《まだこれからですよ。でも、今日の対局。いい麻雀してましたね。私は嬉しいです。カオリはどんどん強くなる》(コーチがいいからね)《そうですよ、神様を味方につけた姉妹なんてきっとあなた達だけですよ。伝説の姉妹になりなさい。きっとその願いは叶いますから》「カオリちゃんさっきから無言だけどどうしたの?」「へっ? あ、ああ。なんでしたっけ」「だからー、和食と洋食どっちにするかの話でしょ」
【牌神話】〜麻雀少女激闘戦記〜 ――人はごく稀に神化するという。 ある仮説によれば全ての神々には元の姿があり、なんらかのきっかけで神へと姿を変えることがあるとか。 そして神は様々な所に現れる。それは麻雀界とて例外ではない。 この話は、麻雀の神とそれに深く関わった少女あるいは少年たちの熱い青春の物語。その大全である。 ◆◇◆◇もくじ➖️メインストーリー➖️第1部 麻雀少女激闘戦記一章 財前姉妹二章 闇メン三章 護りのミサト!四章 スノウドロップ第2部 麻雀烈士英雄伝一章 ジンギ!二章 あなた好みに切ってください三章 コバヤシ君の日報四章 カラスたちの戯れ➖️サイドストーリー➖️1.西団地のヒロイン2.厳重注意!3.約束4.愛さん5.相合傘6.猫7.木嶋秀樹の自慢話➖️テーマソング➖️戦場の足跡➖️エンディングテーマ➖️結果ロンhappy end➖️表紙イラスト➖️しろねこ。◆◇◆◇はじめまして、彼方です! 麻雀の楽しさを1人でも多くの人に伝えたくてこの物語を書いています。良いと思いましたらぜひ拡散の方をよろしくお願いします!この小説の読み方は──── ──これは時間の経過です。2つなら少しの、3つなら大きな時間の経過になります。── ────これは時間の遡りです。────これはちょっとした区切りです。◆◇◆◇これは視点変更か大きな区切りです。 これを意識していれば視点混乱などしないで読めると思います。それでは、彼方流麻雀小説の世界をお楽しみ下さい――
1. ――私は弱い。それを自覚したのはけっこう早くて。今でもその感覚はあるんだけど。 でも、弱いって得なこともあって。同じことを経験しても私の方が成長が多かったり、何気ないことから教えてもらえたりして。年下だろうが動物だろうが全てが教師になり得る。それが弱者の特権なのよ。ね、悪くないでしょ、そういうの。 私は弱い、とくにあの頃。まだ彼女達と出会ったばかりの頃。私は一番弱くって。一番、楽しんでた。第1部一章 財前姉妹 ~麻雀少女青春奇譚~ その1第一話 財前姉妹 ピピピピピピピピピピ……「やめ! 鉛筆を置いて下さい。答案用紙を回収します」 ここは日本プロ麻雀師団の試験会場。私はいまプロ試験を受けている。 休憩を挟んだら次は小論文だ。テーマはどんな麻雀プロになりたいのか。 私はそこに自分の想いを短く纏めた。【私のなりたいプロ】受験番号22財前香織 勝って笑うことは誰でも出来る。私は負けた時にも笑って勝者を讃えることの出来る人になりたい。真剣に向き合うことで負けの悔しさは増えるでしょう。つらくて涙の出る時も来るかもしれない。でも、本気でやり合えた試合を喜び。勝者を讃える人になりたい。私は麻雀そのもの。試合そのものを愛しているのだから。そんな器のプロになりたい。(なりたい、なりたい、か。……違うな。私はプロに、なりたいんじゃない。……必ず『なる』んだ!) そんな器のプロになりたい。のあと、私はこう加えて文章をしめた。 そしていつかは、誰よりも讃えられたプロに私は、なる。 これは後の麻雀界を大きく変えていく伝説の雀士たちの青春奇譚である。 ときは、遡る――────────────────── 私、財前(ざいぜん)カオリ。マナミと2人で財前姉妹と呼ばれる未来の麻雀プロよ。 私達姉妹は血の繋がりはない同い年の姉妹。親の再婚で16.17の時に姉妹になったの。でも、私達が打ち解けるのには全く時間は要らなかった。なぜなら私達は2人とも麻雀が大好きだったから。 女子高生で麻雀好きなんて、なかなかいない。なので奇異の目で見られるのを恐れた私は自分のこの趣味をなるべく隠していた。でも、同じ家で暮らす人にはバレるよね。まして姉妹で同じ部屋ならさ。 私の部屋には使ってない広いロフトがあった。そこを新しい家族であるマナミに使わせる事
69.第八話 伝説の姉妹「はい、全卓終了しましたので新人は牌掃除をして他の選手は速やかに退場して下さい。お疲れ様でした!」 全ての卓が対局を終えたら新人は牌をおしぼりと乾いたタオルで磨いてキレイにしてから会場を出る決まりだ。仕事でいつもやっているカオリとマナミは素早いがミサトは初めての事なのでカオリに教えてもらいながらやるが、中々うまく牌が持ち上がらない。それもそのはず、全自動麻雀卓は牌の中に鉄板が入っていてそれを卓が磁石で持ち上げて積んでいく仕組みだが、プロリーグは対局前に牌チェックという作業を行い少しでも亀裂や落ちない汚れ、欠けてる角などを発見したら即交換するので牌の中にある鉄板の帯びた磁力がマチマチ。持ち上げようとしてもカチッと揃いにくいのだ。「これは、ミサトじゃムリかもね。私達でやるからミサトはその辺でメグミさんと待ってて」「わかった」 カオリは手先が器用なので扱いにくいリーグ戦の牌もチャチャッとキレイにして2卓分清掃した。「はやーい」とマナミも驚く。「じゃあ行きましょうか」と成田メグミが先導する。新人3人にゴハンを奢ってくれるらしい。 3人は初めてのリーグ戦を終えて自分はついにプロ雀士になったんだ。という実感をしていた。それは、カオリにはひとつの夢だった。(夢って叶うんだなあ)そう思っていたらさっき牌掃除をした時から現れていたwomanが《何を言ってるんですか》と思考に入り込んできた。《まだこれからですよ。でも、今日の対局。いい麻雀してましたね。私は嬉しいです。カオリはどんどん強くなる》(コーチがいいからね)《そうですよ、神様を味方につけた姉妹なんてきっとあなた達だけですよ。伝説の姉妹になりなさい。きっとその願いは叶いますから》「カオリちゃんさっきから無言だけどどうしたの?」「へっ? あ、ああ。なんでしたっけ」「だからー、和食と洋食どっちにするかの話でしょ」
68.第七話 試される時 財前姉妹が暫定1位2位という衝撃的なデビューを飾っている時、井川ミサトだけが絶不調だった。なんと、ミサトはラスラスラスと3連ラスを引いて身も心も打ちのめされていたのだ。 しかし、そんな時だからこそプレイヤーの真価が問われる。この今日の最終戦でどんな麻雀が打てるか。 3回ラスになろうとリーグ戦は始まったばかり、5節あるうちの1節目なので20回戦のうちのほんの3回に過ぎない。ここは気持ちを切り替えて行くのが正解だが、初めてのリーグ戦でラスしか取れない状態から復活できるか。不調を抜け出せるか。マイナスイメージを持たないで戦えるのか。まだ学生のミサトにそんな精神力があるのか。 いま、ミサトの器が試される。 ひとつだけ幸運だったことがあるとすればミサトの卓も5人打ちなので三回戦終了後に一旦抜け番だということ。この抜け番でどこまで気力を持ち直せるか。(くそぅ、大好きな麻雀が…… いま、こんなにつらい。分かってる。楽しいばかりじゃないって。いま、私は、試されている……!)(まさか、あのミサトが3ラス食らうなんてね)(ミサトならきっと持ち直すわよ) と、マナミとカオリは先に対局を終えて遠くから観戦していた。(がんばれ!)(がんばれミサト!) ミサトの卓の五回戦。まだミサトにチャンスは来ていなかった。苦戦が続くミサト。ミサト手牌 切り番一一四六八⑤⑧⑨455白白中 ドラ⑤ ミサトはここから⑧を切った。ピンズはドラを活用した面子をひとつ持てばいい。それより役牌の重なりで打点を作る手順だ。すると中が重なる。打⑨(中切らなくて良かったわね)(これでもだいぶ
67.第六話 メンタルコントロール「ロン」二三四②②②③④22344 3ロン「8000」 カオリのリーグ戦はダマ満貫を放銃する所から始まった。(あちゃー。でもこんなの分かんないし。始まりのマンガン失点くらいはなんて事ないわ。こういう持ち点で始まるゲームだと思えば) カオリはマイナスになってもそれが最初の設定点数だと思い込むことで気持ちを落ち着かせるという術を持っていた。 つまり、今回の場合はスタートから17000点持ちのゲームだと思い込むということ。そこからどうやってトップをとるか。元からそういうルールの遊びだと思えば今の放銃もなんら痛くない。 もちろんそれにより勝利条件が軽くなるなんてことはないのだが、気持ちに焦りがなくなれば自滅する可能性も減るというものだ。 勝負事でよくある敗因の最たるものは『自滅』であり、それを抑える効果があるとすればこのメンタルコントロールを狙った思考法は重要な考え方のひとつであると言えるだろう。 このような、気持ちを軽くする方法は全て佐藤スグルに教えてもらった。現役選手はやはり戦術本では学べない一味違うことを教えてくれる。 その後、カオリは見事に冷静な仕掛けや落ち着き払った降りを見せる。ラス目とは思えないほどのクールさで正確無比な麻雀をした。 落ち着いた状態で迎えた南場の親番。トップ目にドラポンを仕掛けられるも、ここだけはグイグイ押してアガリに行く。そして――「ツモ」カオリ手牌①①①②②⑥⑥⑥南南(東東東) 南ツモ「8000オール」 役役ホンイツトイトイ三暗刻炸裂! 終始落ち着いて打てたカオリはまるで当然
66.第伍話 本気だけを出す場所 マナミはよく知った顔と同卓だった。マナミ達のアルバイトしている雀荘『ひよこ』で平日の昼間だけ働いている成田メグミプロが同卓だったのである。「マナミちゃん。シャキッとした服装も似合うわねえ」「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」「お手柔らかにねえ。まあ、私は本気出すけど」「私も本気でやるしか能がないので。本気でやらせてもらいます」 すると成田メグミはハハハ! と笑った。屈託ない笑顔に眼光だけ鋭く光らせて。「いいわよ。お手柔らかになんて、そんなことするわけないし。プロリーグは本気だけを出す場所だものね」と言う。なんてことない会話ではあったが、この時の成田の雰囲気にマナミはゾッとした。(本気だ) いつもニコニコしてお客さんに『メグちゃん』と愛称で呼ばれて愛されている成田の勝負師の顔を初めて見た。(今更だけど、やっぱりメグミさんはプロなんだ。こんな顔を見せるなんて) 気圧されそうになる心を奮い立たせてマナミは勝利宣言をかますことにした。やる事が大胆なのはマナミの良さである。(ヨシッ!)「私はデビュー戦を必ず勝利で飾ります。今日の私と当たったのは不運でしたね」「ふっ、生意気ね。プロの厳しさを知ることになる最悪なデビュー戦にしてあげるわよ」「勝負!」──────「まいった」 負けたのは成田の方だった。「マナミちゃん。いや、財前真実プロ。あなたはこんな階級にいる女じゃないようね。さっさと昇級して上位リーガーになりなさい」「メグミさんも強かったです。何度も危ない場面があった。今日の私はちょっと勘が良かった。それだけです」「それが、重要なんじゃない。あーあ、私
65.第四話 潰し合うつもりで「いーい? 私たち今日は当たらないけど、今後もし当たったらリーチ後の見逃しは絶対にしないこと。どんなに戦略性があってもよ。どうしても見逃したい局面は役を作ってダマにするの。分かった?」「わかりました~」「ミサトはマジメねえ」 ミサトの提案で麻雀部の3人は見逃しをかけない。助け合わない。お互いを潰し合うつもりでやる。そんなルールを設けることになった。 かつて、師弟関係にある雀士が師匠から出た当たり牌を見逃して麻雀界から熱気が急激になくなった八百長だと言われる事件があった。それが戦略性があろうと無かろうと、そこは問題ではないのだ。胡散臭いと思われた時点で終わりなのである。 この時のミサトの提案があったから、のちにどんなに3人が仲良くしていてもこの3人は友達同士でズルをしたりは絶対してないという信頼を得ることが出来るようになる。 他人からどう見えるか、どんな疑いがかかるか、それらを予測するのも読みの一部であると言える。その程度も分からずに師匠からの当たり牌を見逃しなどしてると大騒ぎになるという例も歴史が証明している。麻雀ファンを失望させない打ち手であること。それもプロ雀士の条件だとミサトは思っているので、外見は美しく、言葉はきれいに、姿勢は正しく、麻雀はテンポよく正確に、もちろん、ズルなんか絶対しない! を心掛けて新世代のニューヒーローとなることを目指していた。そこには、好敵手の財前カオリや財前マナミのほか女流リーグ覇者の白山シオリという強烈な敵もいたがミサトは総合的に見て自分だって負けてないと思っていた。あとは麻雀で勝つだけ。と。 対局開始まであと3分。ミサトは水を飲んで気持ちを落ち着かせた。緊張してるのを感じていたのでトイレで鏡を見て(強張るな。リラックス、リラックス)と暗示した。パンッ!! リラックスの暗示を自分にかけるかのようにミサトは手を叩いた。(私は大丈夫。私は強い)
64.第三話 プロリーグ前日《カオリ、どうしましょう》(なにが?) 赤伍萬の付喪神【woman】は財前カオリに憑いて今ネット麻雀をやっていた。親番中でドラは北woman手牌 切り番二三赤伍六七八九⑦⑧⑨23北北《私、自分を捨てることになりそうです》(何で? 八九を落とせばいいじゃん!)《それだとチャンタやイッツーがなくなって鳴きが出来ないから…… 無しです》(なら23落とせば?)《ダメです。それだと四しか安心してチー出来ないので、受けもあまり良くないですし》(じゃあどうすんの?)《この手の正着打は六萬切りでしょうね》(六萬か……)《これが唯一のムダなし手順です。チャンタ狙いなので一と1どちらからでも鳴いてテンパイに不安はない受けが残りますし安め引きでもリーチで親満は確定します。それに……》(分かった、六ね) 切り番にのんびり考える人はいない、womanの話をろくに聞きもせず打六とするカオリ。《あっ、あっ、私が。私が出ていっちゃいますうう》(うるさいなあ、六切りってwomanが言ったんじゃない。違うの?)《違わないです。他の手順には必ず浮き牌が出ますが六切りだけは浮き牌ゼロの構えです。ここを切る時だけ全体で打ててます。他の手順に存在しない強味。それは次切る牌が決定していない手順であるということ。これこそが最も強い攻めの一打であると言えます》次巡ツモ四(赤伍切らずに済んだ! ある種の理想的テンパイね!)《良かった~》『リーチ』数巡後……
63.第二話 麻雀の申し子「……ツモ」三四赤伍六六23(西西西)(中中中)1ツモ「1000.2000」 最後の局。手を開けたのはユウだった。感動で震えながら倒牌する。「記念すべき第1回UUCコーヒー杯優勝は一般参加の佐藤ユウさん! おめでとうございます!!」優勝はユウ準優勝は富士山3位は杜若4位は猿山という結果で大会は終了した。「実力派プロを差し置いて10代美少女の優勝! 参加者の中でも最年少の優勝だ! これは話題になるぞ!」と湧いている人達もいれば「猿山プロお疲れ様でした」「富士山プロおしかったのに!」「杜若プロあと一歩でしたね!」とプロ達に駆け寄る人達もいた。(夢みたい、私が優勝なんて。いや、これからだった。夢実現のための第一歩がいま達成されたんだ)『勝利者インタビューしていいですか? 何かあればひとことでいいので』 ユウはマイクを受け取って、少し話すことを考えた。『あのっ! あのっ! 私。大会とか、身内でやったことしかなくて…… 雀荘に来たのもこの大会の予選が初めてだったし…… でも、練習は毎日してて! ほんとに麻雀好きなんで…… この面白いゲームを1人でも多くの人に共有してもらいたいなって思ってて、いつか麻雀を教える人になりたいんです。そのために、資格とかより説得力ある実績が欲しいなと思って参加したので最高の成果を出せたこと、とても嬉しいです……! 次回も参加して連覇を狙います。ありがとうございました!』 パチパチパチパチパチパチパチパチ!
62.ここまでのあらすじ プロ雀士になった財前姉妹と井川ミサト。彼女達がプロリーガーとして戦う一方で佐藤ユウは麻雀大会にアマチュア参加して決勝卓まで駒を進めていた。【登場人物紹介】財前香織ざいぜんかおり通称カオリ主人公。女子大生プロ雀士。読書家で書くのも好き。クールな雰囲気とは裏腹に内面は熱く燃える。柔軟な思考を持ち不思議なことにも動じない器の大きな少女。その指には神の力を宿す。財前真実ざいぜんまなみ通称マナミ主人公の義理の姉。麻雀部部長。攻撃主体の麻雀をする感覚派。ラーメンが大好き。妹と一緒に女子大生プロ雀士となる。佐藤優さとうゆう通称ユウ兄の影響で麻雀にハマったお兄ちゃんっ子。展開読みで誘導するような罠作りに長けている。麻雀の伝道師になるのが夢。竹田杏奈たけだあんな通称アンテーブルゲーム研究部に所属している香織の学校の後輩。いとこの竹田慎一は麻雀大会で優勝したこともある麻雀好きなプロ棋士。佐藤ユウの相棒的存在。佐藤卓さとうすぐる通称スグル佐藤優の兄。『ひよこ』という場末雀荘のメンバーをしていたが今は辞めて東京へ。自分の部屋は麻雀部に乗っ取られているが全く気にしていない。井川美沙都いがわみさと通称ミサト麻雀部いちのスタミナを誇る守備派の女子大生プロ雀士。怠けることを嫌い、ストイックに生きる。
61.サイドストーリー1 西団地のヒロイン後編 手を繋いで帰った日に僕らを目撃していたはずのクラスメイト達はその事を茶化したりはしなかった。 どうやら僕の気持ちも佐藤さんの気持ちもみんなにはお見通しだったらしい。でも、1人くらい茶化しそうなものだと思うけどコイツら大人だなと思って感謝した。 けど、当の本人たちはまだまだウブもいいとこなのであれ以来まだ手を繋いでない。一度繋いだなら大丈夫だろ? と言うかも知れないけど恥ずかしいんだ。何がと言われても恥ずかしい。中学生なんてそんなもんだ。少なくとも僕達はそんな関係だった。 少しだけ変わったのは。あれからというもの、行きも一緒に並んで歩くようになった。しばらくはそれだけだった。──── ある日の帰り道。「いいもの見せてあげようか」と言って佐藤さんは僕を先導する。そこは団地の倉庫だった。『佐藤』と書かれた表札のあるその倉庫を彼女が開ける。 「これを見せたくて今日は倉庫の鍵を持ってきたの」 ギイイイ…… と開くとその扉の先には無数の漫画本が積まれていた。カチッ! と白熱電球のスイッチを入れて佐藤さんは扉を閉めた。「すごいでしょ」「驚いた。こんな倉庫の使い方してる家庭あるの? 本しか無いじゃないか」 倉庫内というのは普通なら一輪車を入れたりホッピングを入れたりローラースケートやスケボーやサーフボードなど大きなサイズの遊び道具が詰め込んであるものだが佐藤家の倉庫にはそれらは一切なくて本だけが積まれていた。「倉庫というより書庫だな」「そういえばそうかもね。でも、これでもかなり減ったのよ。本当はこの倍はあったんだから。だからここに残ったのはどうしても処分したくない名作揃い。どれも面白い作品ばかりだよ」